昭和のヤクザ史に名を刻んだ“カリスマヤクザ”安藤昇 ©文藝春秋(文春オンライン)
〈「セクシーな身体を抱きしめ…」「ベッドで激しく愛し合った」“伝説のヤクザ”とセレブ女優が男女の関係に…安藤昇と瑳峨三智子の情熱的な恋愛事情〉 から続く 【衝撃画像】美しすぎる『裸体』も披露…クスリ漬け”で体重38kgまで激ヤセした恋人女優・瑳峨三智子を写真で見る “伝説のヤクザ”として知られ、のちに映画俳優としても活躍した安藤昇。『日本暗黒史 血の抗争』の撮影を終えた頃、男女の関係にあった女優・瑳峨三智子は吉祥寺へと移り住み、病に蝕まれていた。久々に訪ねた安藤は、その変わり果てた姿に衝撃を受ける――。 孤独と薬に苦しむ彼女を前に、安藤はある決断を下す。なぜ彼はそこまで献身したのか。大下英治氏の著書 『安藤組 修羅たちの戦い』 (宝島SUGOI文庫)より、その関係の実像をひもとく。(全3回の2回目/ 3回目につづく ) ◆◆◆
痛々しくやせ細り、心臓が弱って……安藤が見た瑳峨の窮状
『日本暗黒史 血の抗争』の撮影が終わったころ、瑳峨は、それまで住んでいた渋谷松濤から東京都武蔵野市の吉祥寺に住まいを移していた。そのころ、瑳峨の身体は、ますます病魔に犯されていた。それもあり、仕事に穴を空けることが増えた。 安藤は、『日本暗黒史 血の抗争』の撮影が終わり、吉祥寺の瑳峨の家をたずねた。安藤は、やつれ切った瑳峨の姿を見て、驚いた。数カ月前より、また一段と痛々しくやせ細り、心臓が弱っていた。はっきり言って、臨終に近い人に思えた。かといって、見舞い客などだれ1人として来ない。安藤は、瑳峨の窮状を見て、あとには引けないと思った。 〈おれが、死に水をとってやろう〉 安藤は嵯峨に訴えた。 「このままでは死んじゃうぞ! 体がクスリでダメになるのがわからないのか!」 ジッとこらえていた安藤の気持ちが、一気に高まった。 嵯峨は、眉をくもらせると、ツンと横を向いた。 そのとき、安藤の右手が突然彼女の頬を打った。
睡眠薬を乱用していた嵯峨
「クスリを飲んで誤魔化している人間なんて、おれは大嫌いだ。あまったれちゃいけない。のぼせるんじゃないよ。精神を入れ替えたら、どうなんだい。心も体もみんなクスリでやられてるのがわかんないのか。自分の体なんだぞ」 安藤は、嵯峨の胸元を力いっぱい摑んだ。 「それでも、まだクスリが忘れられない。まだ飲みたいんだったら…」さすがの安藤もここで言葉を切った。が、嵯峨はその言葉を聞こうともしない。「よし、それなら思いきり飲んでみろ。たっぷり飲んで死んじゃうんだな…。いいとも、俺が見届けてやる。葬式は俺が出してやる」 嵯峨も黙ってはいなかった。 「何をいうの! 私にはクスリが必要なのよ…」 安藤の両腕を払いのけながら、続けた。 「ひどいじゃない。女を叩くなんて、男の風上にも置けやしない。早く帰ってちょうだい!」 安藤は、その日から嵯峨が睡眠薬を完全に断ち切れるようにと、懸命に支えて行くことになる。
安藤の瑳峨への献身
瑳峨は、3日間40度を超す高熱を出した。体重も38キロまで減った。吉祥寺の瑳峨邸にいた安藤も、「もう駄目か……」と思うほどの病状だった。瑳峨は、高熱でうなされ、わけのわからないことをつぶやき続けた。 瑳峨は、あまりの苦痛から悶絶した。それを看る安藤も、死に水をとるつもりで瑳峨を病院に連れて行った。 そのあと、安藤は、熱心に介護を続けた。いや、熱心を飛び越えて、瑳峨にかかりきりになっていた。安藤の所属していた太平洋テレビの清水昭社長は、安藤の瑳峨三智子への献身ぶりを証言している。 「彼女の生活費も治療費も、安藤の申し出で彼のギャラのなかからまわしてきた」 瑳峨にかかりきりになっていた安藤は、他人からいろいろ忠告された。 「それほどすることはない、彼女には、れっきとした母親の山田五十鈴がいるじゃないか」 確かに安藤の仕事には、マイナスだった。松竹時代は、1年間に11本の映画に出演するなど多忙をきわめた安藤も、昭和43年には、わずか2本しか出演していない。1月14日公開の『日本暗黒史 情無用』と5月14日公開の『密告』だけである。 さらに、翌44年の初作品は、7月8日公開『日本暴力団組長』となる。つまり、昭和43年半ばから44年前半にかけて、人気絶頂の俳優・安藤昇に不可思議な空白期間があるのである。 そもそも安藤は、瑳峨の姿、形に惚れたわけではない。女優としての芸の深さと、女としての細やかな情感に心を惹かれたのだという。安藤がタバコを吸いたいと思うと、その瞬間にスッとタバコを出してくれる。 そんな男女の心の通い合い、つまり自分のことよりもいつも相手に気を遣っている瑳峨の姿に打たれたのである。女心のやさしさに男が応えるとしたら、それに倍するやさしさでいたわるしかない。損得なんて考えるべきじゃない。それが安藤昇の生き方であった。
クスリを断つ決心を変えぬように、毎日励まして
安藤流の治療法は次のようであった。 まず、嵯峨に欲しいだけのクスリを与え、最高量を知ると、次はクスリのルートを探って、全部断った。クスリは、医師、薬剤師、お手伝いさん、運転手のほかに、嵯峨の機嫌をとるためにつけ届けする者までいた。クスリ代だけでひと月に20万から30万円もかかっていた。 クスリはすぐにやめずに、2年がかりのつもりで、少しずつ減らし続けていった。安藤は、かつて知人の中毒患者が一度にクスリを断ち、心臓麻痺で亡くなったことがあった。その経験が生きたのだ。 嵯峨自身がクスリを断つ決心を変えぬように、毎日励ました。安藤は、朝早くから日光浴をさせたり、散歩をさせた。その都度、「君には舞台がある」と連呼した。 「こっちへ、いらっしゃい」“伝説のヤクザ”が美人芸者と浮気→恋人女優が家に押しかけ嫉妬に狂い…安藤昇と瑳峨三智子が破局した真相 へ続く
参照元:https://news.yahoo.co.jp/
<script type="text/javascript">rakuten_design="slide";rakuten_affiliateId="02e50bba.f2a126fb.0927ab5d.6c3791f6";rakuten_items="ctsmatch";rakuten_genreId="0";rakuten_size="468x160";rakuten_target="_blank";rakuten_theme="gray";rakuten_border="off";rakuten_auto_mode="on";rakuten_genre_title="off";rakuten_recommend="on";rakuten_ts="1775432953023";</script><script type="text/javascript" src="https://xml.affiliate.rakuten.co.jp/widget/js/rakuten_widget.js?20230106"></script>