年齢を重ねるごとに、「ちゃんとやる」ことが大切だと感じるようになりました。「ちゃんとやる」とは、仕事に対して真摯に向き合うということです。
僕は俳優という仕事をしていますから、その作品において自分に求められていることを理解し、それを上回る表現をするために、ちゃんと準備をする。そして、演じる。
若いときには、やる気と勢いだけでやっていた時期もありましたが、佐々部清という監督と出会ったことで、大きく変わりましたね。
佐々部監督は、撮影に入るまでに、準備に準備を重ねる方。俳優が現場に行ったときにはすべてが整っていて、僕らはそこで与えられた役割を果たすだけでいい。
監督のそんな丁寧な仕事ぶりを近くで見てきて、自分もそういう“準備”をして臨まなくてはいけないなと思うようになったんです。
公私ともにお世話になり、僕の人生に欠くことのできない存在だった佐々部監督は昨年3月、突然この世を去りました。
監督は亡くなる前、岩手県陸前高田市の“漂流ポスト”をテーマにした映画の企画を進めていました。漂流ポストとは、亡き人に宛てた手紙を送ることができるポストのことで、同じ場所でカフェを営む赤川勇治さんが東日本大震災の2年後に始めたものです。
佐々部監督が亡くなって、このポストと、監督への思いを重ね合わせたドキュメンタリー映画が製作されることになり、僕にお声がかかりました。そのときの率直な気持ちは「うー
ん、僕がやるのか……」。でも同時に「いや、やるなら僕でしょ」という覚悟も沸いたんです。まだ亡くなって間もない監督について触れる内容。しかも僕自身、まだ全然気持ちが整理できていない。でも、もしそういうものを作るのであれば、やはり僕がやりたい。そんな思いが強かったですね。
撮影はおよそ1年かけて、大切な人を亡くした震災被災地の方々や、佐々部監督ゆかりの地でたくさんの方と会いました。そこで僕が改めて感じたのは、“人が語る言葉の力”。何かを相手に伝えようとする気持ちが集まったときの言葉の強さって、本当にすごい。経験した人たちの生の声を、僕は震えるような思いでずっと聞いていました。
■撮影が始まる前日は、緊張のあまり、おなかが痛くなる(笑)
人と出会うことってすごく大事で、今回の作品では、ふだんの生活では出会わないような人と出会ったり、聞けなかったことが聞けたりしました。今回経験したことが、これからの俳優人生にも影響があると思いますし、人として今まで以上に優しくなれそうな気がしています。これまでも、十分優しい人間だとは思っていたんですけどね(笑)。
思えば、僕の俳優人生も、もう45年ほどになります。でも、いまだに撮影の初日はちょっと苦手です。
テレビドラマや映画の撮影が始まる前日は、緊張のあまり、おなかが痛くなる(笑)。当日も朝からソワソワして何も手につかず。現場に行って皆さんにあいさつし、衣装を着てテストをやったあたりで、やっと落ち着く。「さぁ、これからこの人たちと作品を作っていくんだ」と、実感できるんですね。
60代も半ばになると、気をつけなければならないことが増えますよね。僕はサプリフェチなので(笑)、けっこうな量のサプリメントをとってますし、料理も体に良いものをおいしく食べようと工夫します。野菜が好きなんですけど、年を取ったら肉も食べないと老けるらしいので、定期的に“肉の日”を設けています。
だって、まだやってないことがたくさんあるんですよ。やったこと以外は、すべてやってないこと。一つでも多くやれるよう、日々努力を続けています。