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現役京大生・櫻坂46勝又春に聞く、中学時代の決意

 

勝又春さん(AERA with Kids+)

 京都大学に通いながら、櫻坂46四期生としても活躍する勝又春さん。意外にも、子どものころはあまり勉強が好きではなかったといいます。小学校受験をして大学までエスカレーター式の学校に通っていましたが、中3に上がる前に公立高校の受験を決意。小学生のころの勉強法や、親御さんのサポート方法などを聞きました。※前編<現役京大生・櫻坂46勝又春が語る、受験期の苦悩 「模試はファイリングして弱点やミスを分析。でも結局最後までA判定は出ませんでした」>から続く 【写真】小学生時代の勝又春さん(ほか、全3枚) ■「わからない問題はわかるまで」父、兄、弟と囲んだリビングの机 ――もともと勉強は好きでしたか?  正直言うと、あまり好きとは言えなくて……。でも小学生のころは父が子どもたちに勉強をさせることに熱意を持っていたので、兄と私と弟と父で、リビングの机を囲んでいつも勉強していました。 ――お父様の教育法とは?  例えば何かわからない問題があったとき、子どもはドリルの回答をカンニングしたくなるじゃないですか。でも、ズルして見ると父がめっちゃ怒るんです(笑)。わからない問題はわかるまで向き合わないといけなかったんです。  でもそういうとき父や兄は、「ああでもない、こうでもない」って一緒に考えてくれました。みんなで答えを考えるのも、その結果答えを導き出すのもすごく楽しかったです。弟がわからない問題があるときは、私が教えたりもしました。教えることで自分が任されている感じがしましたし、自分の成長を感じる機会にもなりました。 ■子どもをやる気にさせる、父のモチベーションアップ方法 ――家族で教え合っていたのですね。  小学校時代を振り返ると、父は子どもたちの勉強のモチベーションを上げるようにいろいろ工夫をしてくれていたと思います。  きょうだいみんな同じ塾に通っていたのですが、同じ時期に模試があると、「今回は誰が1位かな?」と模試の結果で順位をつけるというイベントをしていました。私は競争心が強くて燃えるタイプだったので、それが楽しみのひとつでした。

 きょうだいそれぞれのテストや模試の結果を全部ファイルに保存してくれていて、模試が返ってきたときに、たとえ成績が振るわなくても、「過去の模試と比較したら伸びているよ」とか、小さな成長も褒めてくれました。 ――かなり手厚いサポートですね。こういった習慣は高校受験大学受験でも役立ちましたか?  小学校時代に親がしてくれていた模試のファイル保存、分析などは、高校時代には自分でできるようになっていました。自分で自分の小さな成長を褒めることも、そのまま役に立ちました。 ――親御さんの影響は大きいですね。ちなみに好きな教科と苦手な教科は?  算数・数学が好きです。順序立てて解いていけば答えにたどり着ける感じというか……。謎解きやゲームで遊ぶ感覚に似ていると思います。  反対に、社会とか理科の生物とか、暗記系はすごく苦手です。 ――数学で好きな公式があるのだとか。  極限の公式です。極限の問題って、一見すごく難しそうな計算式が出てくるんですけど、そのなかのXが無限大になったときに、式全体がどんな数に近づくのかを考えるんです。極限の基本パターンが頭に入っていると、数式の中にパズルのピースみたいにそれがちりばめられているのが分かって、それを見つけながら答えを導くのが楽しいんです。 ■「もう人の目は気にしない」中3の春にした決断 ――私立小からそのままエスカレーター式で中学校に進学されましたが、高校は公立高校を受験されたのですね。  中学校はとても恵まれた環境ではあったのですが、徐々に心の中に、「違う世界を見てみたい」「新しい環境に身を置きたい」という気持ちが芽生えてきたんです。  ただ中学生ぐらいまでは、やりたいことがあっても、周囲の人の目が気になってしまうタイプだったんです。なかなか勇気が出せず、親に「高校受験をしたい」と告げたのが、中3に入る前の春休みくらいだったと思います。 ――親御さんの反応はいかがでしたか?  親は当然このまま大学まで行くと思っていたようで、反対されました。突然の宣言でしたし、成績も全然足りていなかったんです。

 高校受験対策のためには塾に通う必要があったのですが、父に「入塾テストで良い判定が取れなかったら受験を認めない」と言われ、判定のノルマを提示されました。中3のはじめのころは、その判定ノルマを超えるために頑張って勉強した記憶があります。 ――入塾のノルマも越えて、受験勉強もして、志望校に合格されたんですね。  はい。考えてみると、この高校受験が初めて「自分の意思」でやったことだったんです。なので、「合格」という形で成功体験できたことで、これからも自分がやりたいことにどんどん挑戦していきたいと思えるようになりました。  進学した高校も、学校のイベントを高校生が主体となって運営するなど、自主性を大切にしてくれる学校でした。その環境のなかでも挑戦する姿勢が鍛えられたと思っています。 ■京大のオープンキャンパスを教えてくれたのは母 ――勉強に関して、親御さんの関わりはどう変化しましたか?  熱心に勉強をみてくれていた父は小学校時代とは一転して、放任に。自分が宣言した高校受験を無事突破でき、そこから私の意思を尊重してくれている気がします。  ただ、勉強でわからないことがあると、小学生のときと同様に、私から聞きに行っていました。 ――頼りになりますね。お母様はいかがでしたか?  母は勉強というより、お弁当や食事作りなどで温かくサポートしてくれました。大学受験のときは、いろいろと情報を集めて、提示してくれて。京大のオープンキャンパスがあることを知らせてくれたのも母でした。 ――オープンキャンパスに一緒に行かれたり?  いえいえ、私が一人で行きたかったので、そこは尊重してくれました。そういえば母から受験時に、「大丈夫なの?」とか「勉強しなさい」とか、言われたことは一切ないですね。  そのおかげで、私は親から「任せてもらえている」「信頼されている」と思えたし、ならば「自分自身でどうやって勉強していけばいいのか」と考えられるようになったと思います。適度な距離感がありがたかったです。

――ちなみに親御さんは勝又さんがアイドルになると言ったときはどんな反応だったのですか?  さすがに驚いていました。でも不思議と反対はされず。「自分がやりたいならやったらいい、でも大学は卒業してね」みたいな。本当にそれだけでした。そして今はすごく応援してくれています。  ただ、母は受験や勉強については余計な口出しは一切しなかったのに、アイドル活動に関しては結構うるさくて。「ブログでもっとこういうこと書いたらどう」「また同じ服着て写真撮ってたじゃない!」とか、アドバイスが多いです(笑)。 ――最後に、いよいよ春には大学卒業ですが、これからどんなアイドルを目指したいですか?  櫻坂46の志望理由でもありましたが、「人の原動力になりたい」という思いはとても強いです。パフォーマンスはもちろんのこと、自分の強み、大学での勉強やアルバイト、サークルなどいろいろな経験を活かしながら、それをかなえていきたいです。 (取材・文/阿部桃子)  ○勝又春(かつまた・はる)/2004年、京都府生まれ。アイドルグループ・櫻坂46の四期生メンバー。2025年4月にデビュー。愛らしくも自然体なキャラクターと聡明(そうめい)な語り口が注目を集める。1月4日、現役の京都大学生であることを公表。

参照元:https://news.yahoo.co.jp/

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