「一人で育てると言ったよね?」と…未婚の母となった人気グラドル・佐藤寛子さんが初めて「子供の父親」を明かしたワケ(文春オンライン)
2000年代前半に、抜群のプロポーションを武器に人気グラビアアイドルとして活躍した佐藤寛子さん。現在未婚のシングルマザーとして生活を送る彼女が、ここに至る10年間の苦しみの日々を激白した。中絶、そして同じ男性との2度目の妊娠、シングルマザーとして子を産む決意をした瞬間、出産後の子供の父親の冷たい対応、その後の苦悩。涙で言葉を詰まらせながらすべてを語った――。 【画像】未婚の母となった人気グラドル・佐藤寛子さんの写真をすべて見る ◇◇◇ 佐藤さんは雑誌の勢い華やかなりし2000年代前半、中学、高校で生徒会長を務めたという真面目なキャラクターと抜群のプロポーションを武器に人気グラビアアイドルとして活躍した。その後、俳優へとシフトし、竹中直人が主演した2010年公開の映画『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』では第32回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞している。 そして2015年、佐藤さんは雑誌「週刊プレイボーイ」で、出産し未婚の母になったと公表し関係者やファンを驚かせた。ただ父親についてはこれまで明かしていない。筆者は文春オンラインで2023年にインタビュー取材をしているが、その際も子供の父親については明かすことはなかった。 そんな彼女から「子供の父親についての話をしたい」と連絡があった。取材は彼女の妹が同席するもとで行われた。少し緊張した面持ちだった佐藤さんは、静かに今まで明かしてこなかった「過去」について語り始めた。 ◆
隠したままでは、次の一歩に進めない
──お子さんの父親はどんな方ですか。 佐藤:テレビドラマや映画で『牙狼-GARO-』の主人公・冴島鋼牙役を演じた俳優、小西遼生さんです。2011年の秋、『牙狼-GARO- 〜闇を照らす者〜』(2013年4月放映)に私が出演することになったのが出会いのきっかけでした。 『牙狼-GARO-』のアクション稽古は放送のおよそ1年前から参加していて3カ月ほどあったのですが、私はアクション作品が初めてでした。そんな時に「アクションを教えてあげるよ」と声をかけてきたのが小西さんでした。私が出演した『牙狼-GARO- 〜闇を照らす者〜』に小西さんは出演していないんですが、なぜか稽古の現場に来ていたんです。話していく中で親密になり、彼からのアプローチもあり、程なくして男女の関係になりました。2012年の1月頃です。 ──なぜ今、公表しようと思ったのでしょうか。 佐藤:きっかけは今年の夏ごろ、またドラマ版『牙狼-GARO-』の新作への出演依頼があったことです。一度は出演を許諾したものの、子供の父親である小西さんが主演をしているシリーズに出演することを家族に反対され、改めて子供の父親とのことを考えるようになりました。 子供が生まれてから10年になります。未婚のシングルマザーであることを公言しながら、子供の父親についてこれ以上明かさずにいることは、今まで応援してくれたファンの方や、私を見守ってくださった方への裏切りだと気付いたんです。事実を明かすには今更遅いのかもしれません。しかしそれでも隠したままでは、次の一歩に進めないと思いました。
小西氏は2003年に俳優デビュー。代表作は2005年にスタートした大人をターゲットにした特撮テレビドラマ『牙狼-GARO-』の主人公・冴島鋼牙役だ。『牙狼』シリーズはその後、主人公を変え現在まで続いている。また2008年にサンセイアールアンドディからパチンコ「CR牙狼」として発売されると、これが大ヒット。2026年1月には最新作のドラマ『牙狼<GARO>東ノ界楼』が放送予定だ。 『牙狼』という作品で知り合った2人だったが、付き合ううちに小西氏の本性に気づいていったという。 ◆ ──交際中、小西さんの印象はどうだったのですか。 佐藤:小西さんは外面がとにかくいいタイプです。みんなで一緒の時と私と2人きりの時では、まるで性格が違いました。まず人の話をきちんと聞かない。私は芸能を始めてすぐの19歳の時に父を亡くしているのですが、一度その悩みを打ち明けたことがありました。思い出すと泣いてしまう悲しい話なのでほとんど人に話さないのですが、その話をした時も「自分だけ特別悲しいと思っているの? みんなもっと悲しいことあるから」と言われました。 また何を言っても言いくるめようとする、コントロールしようとする欲求が強い方でした。女優を頑張っていた頃は、呼ばれた飲み会にはなるべく顔を出すようにしていましたが、そんな時期に猫を突然買ってきたこともありました。それにより私が中々家から出られないようなシチュエーションを作ったんだと思います。男性経験の少なかった私は徐々にコントロールされていることに気づきませんでした。 交際した直後に、今も仲良くしている女優の友人から「あの人と付き合うのはやめた方がいいよ。いい噂、聞かないよ」と言われたこともありました。今思えばあの時に彼女の言うことをちゃんと聞けば良かったなと思います。
中絶手術後に言われた一言
──お2人の交際はどのくらいの方が知ってたんですか。 佐藤:ごく少数です。まず『牙狼』のスタッフさんは知りません。知っていたのは妹2人と先ほど話した友人くらいでした。 ──付き合うとすぐに妊娠をしたそうですね。 佐藤:避妊をしていたのに、付き合って3カ月で最初の彼の子を妊娠してしまいました。まさに『牙狼』の仕事が1年先まで決まっていたこともあり、パニック状態になりました。妊娠についてはその時、家族にも事務所にも相談できませんでした。 私も年頃でしたし、小西さんから「結婚して責任を取る」と言われる可能性もあるかな、と淡い期待もありましたが「タイミングがな…」と一蹴されました。「俳優という人気商売を考えると難しい」というのが主な理由でした。 私自身も『牙狼』も決まっているし、「しょうがないことなんだ」と自分に言い聞かせ、とても悲しかったですが中絶することを決めました。小西さんには「病院は自分で探して」と言われ、自分で探した病院で手術を受けました。
──中絶は体にも心にも大きなダメージを負ったのではないですか。 佐藤:仰る通り、本当に心も体もボロボロになりました。正直なところ、これほどショックなことだとわかっていませんでした。 手術する日、小西さんは一応病院にはついてきてくれましたが、そんな私の気持ちをどこまでわかってくれていたか。ものすごく落ち込んでいた手術からの帰り道、ふと小西さんに「お肉が食べたい」と言ってみたんです。そうしたら「わがままだな」と返されました。私は、それまで小西さんが私の体や心の心配をしてくれていると思っていたので、その言葉にとてもショックを受けました。
「クローゼットに隠れて!」
──その時点で小西氏と別れようとはならなかったのですか。 佐藤:考えました。しかし私は中絶後、正気を失い呆然としていました。 そんな時、一人暮らししていた部屋に小西さんが転がり込んできたんです。真意はわかりませんが、今思えば、他の人に中絶を公言しないように、責任をとっている体(てい)を演じるためだったのかもしれません。 そこからなぜ小西さんと付き合い続けたのかと言われたら…今でも本当にわかりません。混乱していたのは事実です。もしあの時、家族に相談できていたら小西さんとの関係はやめられたと思うんです。でも家族には心配をかけたくないと思って頑張ってしまって、彼との同棲生活が始まったんです。 ──同棲を始めてからも小西氏の行動に傷つけられたそうですね。 佐藤:正直色々なことがありましたが、印象的なのは、同棲をしている部屋に、小西さんのご両親がサプライズで突然訪ねてきたことがあったんです。すると小西さんは私に対して「クローゼットに隠れて!」と言ってきました。私と交際しているのを両親に知られたくなかったのだと思います。「私と付き合っているのはそんなに恥ずかしいことなのか」と悔しかったことを覚えています。 ◆ 佐藤さんと小西氏の関係はその後、2年間ずるずると続く。そして2014年8月、佐藤さんに2度目の妊娠が発覚する。
2度目の妊娠を聞いた小西さんの反応は…
──2度目の妊娠までに別れるタイミングはなかったのですか。 佐藤:確かに同棲生活もいい空気とは言えないものでしたし、そもそも外見も全く好みではなく、合わない部分もたくさんあったので、彼のことはそもそも愛していなかったのだと思います。精神的なつながりはもちろんなかったですし、行為自体も心地良いと思ったこともありませんでした。別れるべきでした。 そんな私の気持ちを察してか、小西さんは徐々に同棲している部屋に帰ってこない日も増えてきました。ただ住む場所をどうするかであったり、同棲を解消するエネルギーが出なかった。もう潮時だなと考えていた時期に妊娠が発覚したんです。
──2度目の妊娠について、小西氏はどのような反応だったんでしょうか。 佐藤:避妊もしていたので、最初に打ち明けたときには「マジか…」と驚いた様子を見せ、すぐに「悩みたい」と言われました。しかしほどなくして「結婚は、俳優業と金銭面を考えると現実的には難しい」「最初より好きという気持ちも減っている」と告げられました。 ただ私は中絶の経験が心身ともに、本当にきつかったですし、もう一度中絶するのは嫌でした。すごく悩みましたが、途中で産もうと決意しました。その決意を小西さんに話すと「現実的に考えて無理」と言われました。 「2回目の妊娠でも責任を取ってくれない。小西さんにとって私は結婚を真剣に考えるような存在じゃなかったんだ。結局、身体目当てだったんだ」と思いました。すごくショックで悲しかった。 私は悔しさと悲しさを押し殺し、「そうですか。わかりました」と告げ、最後に「子供の認知だけはしてください」とだけ伝えて、別れる決断をしました。はっきりした返事がないまま、小西さんはその後すぐ「最近、親の脚が悪いから」というあまり腑におちない理由で、同棲していた部屋に私を置き去りにして、実家に帰ってしまいました。 部屋に1人残された妊娠した私は激しい吐き気に嘔吐、それに孤独と戦いました。本当につらく悲しい日々で、毎日泣いていました。小西さんは妊娠を告げた後、自分の荷物を取りに10分だけ戻ってきた以外は、私が出産のため実家に帰るその日までついに部屋には戻ってきませんでした。
小西氏と会った最後
──その後、小西氏とは会ったのでしょうか。 佐藤:妊娠して1カ月半後、生まれてくる子供の世話のことを考え、神奈川の実家に帰ることにしました。その際に、小西さんの運転する車で送ってもらいました。引っ越し費用も、車で送ってくれる友人もいなかったので、不本意でしたが彼に頼るしか選択肢がなかったんです。 もう別れているし、つわりの面倒も全く見てくれなかった人です。今更、車の中で話すこともありませんでした。小西さんは運転中、自分の俳優業の話をしていました。認知の話はもちろんしません。それが小西さんと会った最後です。 ──お子さんを出産してからはどうでしたか。 佐藤:産んでからは子供を育てることで精一杯でした。出産した後はホルモンバランスも崩れるので、芸能活動はもちろん、何かを考えているどころじゃない日々でした。 ──未婚のまま出産したことは周囲には伝えていたのですか。 佐藤:伝えたのは身近な人たちだけです。あと、当時所属していた事務所には妊娠中から「出産します」と伝えていました。
出産した1年後に小西氏の熱愛報道
──出産後、小西氏へ連絡はしたのでしょうか。 佐藤:報告のメールをしましたが、返事はありませんでした。その後も子供の認知の話もありましたので、何度もメールをしたり、妹から電話してもらったりもしたのですが、一切返事や電話に出ることはありませんでした。
──出産から約5カ月後の2015年9月、佐藤さんは「週刊プレイボーイ」でシングルマザーであることを公表します。 佐藤:子供も生まれ、自分で仕事をしていかなきゃいけないとなり、ママタレではないですが、母親であるということを仕事にプラスに持っていくしかないと考えて、事務所とも相談し、公表しました。 相手についても「同じ芸能関係の人間」であるとは明かしたのですが、氏名までは公表しませんでした。そうすると子供の父親は誰なのかという話になるじゃないですか? ただ当時は自分の仕事への影響や、相手や自分の事務所に迷惑をかけるのが嫌だったので、それ以上は明かせませんでした。その結果いろいろな憶測が立ってしまいました。 ◆ 小西氏と連絡が取れないままの佐藤さんだったが、思わぬところから彼の近況を知ることになる。2016年7月、女性誌に有名女優とのお泊まりデートが報じられるのだ。当時の報道によれば、2014年夏の共演がきっかけで交際がスタートしたという。それは佐藤さんの妊娠が発覚したのと同時期だった。 ◆ ──佐藤さんが出産した1年後、小西氏の熱愛が報じられました。 佐藤:ネットニュースで初めて知りました。時期的に、私が妊娠した頃に交際を始めたことになりますね。子供の認知について、電話やメールで何度連絡しても返信がなかったこともあり、「この人は相変わらず、チャラチャラと生きてるんだな」と怒りがわきました。 その報道後に「報道を見ました。認知の話も全然できていない中で、そういう誠意のない行動をしているのはどうかと思います」という趣旨のメールを送ると、すぐに返信が来たんです。これまで全く音信不通だったくせに、こういうことだったらすぐに返事を返すんだなと呆れました。 その返信の中で、小西さんは子供の認知について話そうとすると「事務所の方に連絡してください」と言ってきました。もう本当にがっかりというか、最低な人間だと思いました。私や子供と向き合う気持ちが全くない。もう小西さんとは関わりたくないと思って、悔しくて結局事務所に連絡しませんでした。
小西氏の事務所に連絡を入れると…
──ただ子供を育てるのにはお金が必要です。養育費は支払われていたんですか。 佐藤:もらっていないです。しかも不幸なことに「未婚のシングルマザー」というのは印象が悪いのか、私の周りから徐々に芸能関係者や業界の友人、知り合いがいなくなって行き、最後には事務所も退所することになりました。 芸能界でしか生きたことのない私は、金銭的、精神的に追い詰められました。それでも妹や母に子育てを手伝ってもらいながら、アルバイトをしてなんとか暮らしてきました。 ◆ 佐藤さんは2024年12月、小西氏と認知、養育費について改めて話すために現在の小西の所属事務所に連絡を入れる。 ◆
──昨年末、小西氏の事務所に連絡を入れた経緯を教えてください。 佐藤:前述の通り、きっかけは特撮テレビドラマ『牙狼-GARO-』の出演依頼があったこと、そして子供が大きくなってきて、その存在を知ってほしいと思うようになったからです。小西さんは同棲中に私をクローゼットに隠したくらいなので、ご両親に孫がいることを伝えていない、と思いました。子供が存在していないかのように扱われているのが、すごく嫌でしたし、母からも「認知されていない子供は可哀想だ」と度々言われていたことも影響しています。 それまでは私自身も小西さんの事務所に連絡することには躊躇があったんですが、今の状況はおかしいと思って、昨年12月に勇気を出して彼の事務所に連絡することにしたんです。 何度か電話でやり取りを繰り返し、1カ月経過してようやく小西さんのマネージャーとお話をすることができました。そのマネージャーさんから電話があり「小西本人に確認したところ『そのような事実はありません』と言っております」と伝えられた。悔しくて、腹立たしくて涙が出ました。
子供がいることをしっかり認めて、公表して欲しい
──小西氏が佐藤さんとの関係を否定したんですね。 佐藤:はい。そこでマネージャーさんに「私の話は事実です。子供のこともDNA鑑定をしてもらえばわかると思います」と伝えました。すると、今度は小西さん本人から電話があったんです。着信が来ただけで本当に動揺しました。 小西さんは悪びれもせず「久しぶり」と話しかけてきました。私が「マネージャーさんに、自分には子供がいないと言ったみたいですけど、なんでそんなことを言ったのですか」と聞くと、小西は「それはごめん。周りに人がいたから」と言いました。 子供の認知と養育費の話もしました。ただ小西さんは養育費を払うことに否定的で「自分一人で子供を育てると言ったよね?」「今は金銭的にすごく大変なんだよ」「そもそも養育費いらないって言ったよね?」と言ってきました。もちろん私は養育費がいらないなんてことは言ったことがありません。 私としてはとにかく、まず子供を認知してもらい、その上で少しでも養育費をもらえたらありがたいと考えていた。ただ小西さんと話したときに「この人は本当に自分のことしか考えていないんだな。子供が生まれた後も何事もなかったように生きていたんだ」と改めて思いました。 それでも何度かやり取りするうちに、小西さんは子供の認知をすることを承諾し、月3万円の養育費を支払うことを受け入れました。 ◆ 出産から10年。「過去を思い出すだけで涙が止まらなくなる時があります」といい、インタビュー中も涙で言葉が詰まる瞬間が何度もあった。最後に小西氏に求めることを聞くと、佐藤さんはこう話した。 「子供がいることをしっかり認めて、公表して欲しい。作品、関係者、ファンに顔向けできるような行動をとって欲しいです」 佐藤さんの証言について、小西氏の事務所に事実確認の質問状を送ったが、期日までに回答はなかった。 佐藤さんの戸籍謄本には小西氏の名前と彼が10年間認知していなかったことが記されている。
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